大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2333号 判決 1973年10月29日

控訴人 (原審脱退原告第一パツケージング株式会社の承継参加人) 岩下省三

被控訴人 王子信用金庫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月一日より支払済までの年六分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は左のとおり付加するほかは、原判決書事実摘示欄の記載のとおりであるからこれを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  訴外第一パツケージング株式会社(以下脱退原告という。)から控訴人に対する本件債権の譲渡については同社の取締役会の承認をえている。

(二)  被控訴人主張の昭和四五年一一月二日における被控訴人主張にかかる和解は、本件預託金をもつてサンエー物産株式会社の大同信用金庫に対する債務を消滅させて、同債務に相当する同会社の同金庫に対する担保を解放するため、同金庫に被控訴人から直接右預託金を振り替え支払いさせることを合意したのに止まりサンエー物産株式会社にも、訴外大出憲一(以下大出という)にも右預託金受領につき代理権を与えることを含むものではなかつた。

(三)  しかも、昭和四五年一一月二日大出が被控訴人赤羽支店に赴き本件異議申立提供金預り証の交付を受けた際、同人は控訴人の代理人であることを示すのに足りるなんらの書類も携行しなかつた。すなわち、同人が右支店において提示した和解書(乙第一号証の一、二)には脱退原告が大出に本件預託金を受領する権限を付与する旨の記載もなく、同人は右権限を証すべき脱退原告の委任状、印鑑証明書はもちろん前記提供金預り証の交付を受けるには当然引き換えに提出されるべき被控訴人発行の脱退原告宛預託金預り証および同提供金の対象となつた不渡手形二通をも持参していなかつたのである。

これらの事実は大出が本件預託金受領につき脱退原告を代理すべき権限を有しなかつたことおよびその使者として行動したのでもないことを示すばかりでなく、所謂債権の準占有者にも該当しないことを示すものである。

仮に、大出が被控訴人主張のように債権の準占有者に該当し、かつ被控訴人がそう信じたとしても、右に挙示した事実関係を併せて考察するときはそのように信じたことにつき過失があつたことが明らかである。

(四)  また仮に、以上の主張が全部理由がないとしても、大出が被控訴人赤羽支店から被控訴人宛手形交換所発行の異議申立提供金預り証を持参して、交換所に到り右提供金の返還を受けた行為は、被控訴人の代理人または使者として行つたものであるから、大出が手形交換所で受領した金員は一旦被控訴人の口座に入れられ、同口座から前出被控訴人発行の預託金預り証と引き換えに脱退原告の当座預金口座に振り込まれるという手続を経ない限り、脱退原告に対する右預託金返還債務消滅の効果を生じえないものであり、本件においては右のような過程をへず、大出が被控訴人の代理人として手形交換所から前記提供金の交付を受けた段階に止まるから被控訴人主張の預託金返還債務消滅の効果は発生していない。

(五)  当審における被控訴人の主張は争う。

二、被控訴人の主張

(一)  控訴人の右主張中、本件和解書にはいずれも大出を脱退原告の代理人ないし使者に選任する旨の記載のないこと、大出が被控訴人赤羽支店から本件異議申立提供金預り証の交付を受けた際、控訴人主張の各書面をいずれも持参しなかつたことは認めるが、その余の主張は全部争う。異議申立提供金のための預託金の返還手続につき被控訴人が抗弁において主張したような便法も取引関係のある顧客またはその代理人等に対しては、特に預託金の返還を急ぐ場合に、サービスとして慣行的に行われているものである。

(二)  仮に、大出が本件預託金返還につき脱退原告を代理すべき権限を有しなかつたとしても、大出は脱退原告の使者としてこれを行つたものである。

三、証拠関係<省略>

理由

一、原判決書事実摘示欄請求原因の第1第2および第3項記載の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被控訴人主張の抗弁につき判断する。

(一)、原判決書事実摘示欄被告の抗弁第1および第2のうち昭和四五年一一月二日に訴外サンエー物産株式会社(以下サンエー物産という。)の代表者大出が被控訴人主張のとおり和解書(その内容については後記する)と大同信用金庫作成の不渡取止め請求書とを被控訴人赤羽支店に持参し、同店から東京手形交換所発行、被控訴人宛の本件異議申立提供金預り証の交付を受け、大出において右提供金の返還を受けたままこれを脱退原告または被控訴人に引き渡していないことについては当事者間に争いがない。

(二)、そこで被控訴人に対する脱退原告の本件預託金返還請求およびその受領につき大出が代理権を有していたか否かの点をしばらく措き、当事者間に争いのない事実として摘示した前記事実関係が民法第四七八条所定の債権の準占有者に対する弁済に該当するか否かにつき検討する。

成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば前記和解書は前出各不渡手形毎に各一通づつでいずれも「和解書」と題し、本文としては「今般契約不履行を理由として供託しておりました金伍拾萬円に就き、当事者間に和解が成立しましたので、供託金を取り下げたく御願い申し上げます。」という文面だけが記され、その次に日付が書かれた下にサンエー物産株式会社代表取締役大出憲一のゴム印と代表者印および脱退原告代表取締役岩下省三のゴム印と代表者印がそれぞれ押捺され、宛名として「被控訴人赤羽支店御中」と記載されていることを認めうる。

成立に争いのない乙第六号証の一、二、原審証人大出憲一、原審および当審証人水間国利ならびに当審証人早川勇の各証言を総合すると、大出は右和解書の和解に基づいて本件預託金の返還を受ける最も早く、かつ、便利な方法を前記不渡手形の持出金融機関であつた大同信用金庫と手形交換所とに問い合せ、当時脱退原告代表者であつた控訴人の了承のもとに昭和四五年一一月二日大同信用金庫から不渡処分取り止め請求書を、東京手形交換所からその発行の異議申立提供金返還請求方依頼書二通(乙第六号証の一、二)の交付を受けこれらと前記和解書二通とを右手形交換所などから示唆されたままに被控訴人赤羽支店に提出し、前記預託金の返還を請求したこと、同支店職員水間国利はこれら書類を検討し、脱退原告方に電話照会したところ、同社のその事についての責任者らしい者から前記和解書のとおり和解したことに間違なく、預託金を右大出に支払つてもよい旨の回答をえ、一方、他の職員に大同信用金庫に電話照会させた結果も、前記和解書のとおり和解が成立したので不渡処分取り止め請求書を発行した旨の回答がえられたため、大出がその申出の資格で本件預託金返還請求権を行使し、かつ、これを受領することのできる正当な権利者であると認め、大出に対し、同人の希望に応じ、預託金を速かに返還する便法として、手形交換所発行被控訴人宛の異議申立提供金預り証を交付し、かつ被控訴人を代理して右提供金を受領すべき権限を与えこれによつて前記のとおり同提供金の返還がなされ、同返還金の受領をもつて、右便法どおりサンエー物産株式会社による本件預託金の受領の扱いがなされたことを認定しえられる。

そして、脱退原告としては右和解書の作成をみるに至つた和解契約においては、本件預託金がサンエー物産株式会社の大同信用金庫に対する債務の支払に当てられるならば、同預託金請求権がサンエー物産株式会社によつて行使されることに不服がないものであることは控訴人のみずから主張するところであり、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人もまた、右目的を達するための同訴外会社による本件預託金返還請求手続には被控訴人に対しその発行の本件預託金預り証を引換えに差し出す必要はなく、前記和解書、不渡処分取り止め請求書等を被控訴人に差し出すことで、金融機関相互に右目的にしたがつた処理ができるものと期待していたことが認められる。

以上認定の諸事実によれば、前記和解書の文言のみからは必ずしも右サンエー物産株式会社または前出大出に本件預託金の返還請求権行使の代理権が与えられたものともいえず、同預託金が脱退原告の期待した右訴外会社の債務弁済に供されない結果となつたとしても脱退原告または控訴人自身も本件預託金を取戻してこれをサンエー物産株式会社の債務弁済に当てるのに十分であると考えた書類を右大出に交付し、同大出は右訴外会社代表者として同書類を用いて本件預託金返還請求権を行使したのであるから、同訴外会社代表者の大出は同権利の準占有者であり、これを正当な権利者であると認めて前記便法による本件預託金の返還をした被控訴人の行為は右債権の準占有者に対する弁済というべきである。

(三)、そこで、右弁済が被控訴人の善意によるものか否かをみるのに、原審および当審証人水間国利ならびに当審証人早川勇の各証言によれば、手形債務者から本件のように預託金返還請求がなされた場合、控訴人の主張する関係機関等の口座振込手続を履まずに、前記認定のように預託金返還請求権者またはその代理人、使者等預託金受領の権限を有する者に対し手形交換所発行の不渡処分異議申立提供金の預り証を交付し、かつ右提供金受領の権限を与えて預託金返還請求権者に直接手形交換所から右提供金の返還を受けさせ、これをもつて前記預託金の返還に当てるという便法は、金融機関各自の判断で顧客に対するサービスとして慣行的に行われており、その場合に不渡処分異議申立提供金に当てるための支払銀行発行にかかる預託金預り証その他同預託者の委任状、印鑑証明書等が必ずしも常に右預託金返還を受ける金融機関に提出されるものでないことを認めうるので、以上の事情と前記のとおり事前に脱退原告および大同信用金庫にそれぞれ電話照会がなされたことを併せ考えれば、被控訴人の職員による前記処理はいわゆる善意に出でたものであり、さらにその処理について過失があつたとはいえないものと断じえられる。

原審における控訴人本人尋問の結果中には被控訴人の職員が前記電話を掛けた日は、脱退原告会社は休日で、事務所に責任のある地位の者はいなかつた旨の供述部分はあるが、他面、同本人尋問の結果中には、控訴人は当日を本件で問題となつた不渡手形のみでなく、なお、これを含めた総額四〇〇万円以上の不渡手形について前出大出らと協議し、その後遅くとも同日正午頃から脱退原告事務所の日直者等にも連絡をとりながら右協議の後始末にかかり、次いで同三時頃に同事務所に出向いて同六時頃まで在社した旨の供述部分もあるので、前認定の被控訴人職員による電話照会に応答できる脱退原告職員が全くいなかつたとはいえず、控訴本人尋問中の前記供述は前記被控訴人職員による電話照会のあつたことを否定する証拠とはならない。

つぎに、被控訴人の職員が前記大出に前記異議申立提供金預り証を交付した際に、同提供金の対象となつた不渡手形二通の提出を求めなかつたことも、本件預託金の返還請求は手形金請求権の行使でないのみならず、同手形の授受は直接の手形金の権利義務者間で別途になされるべきものであるから、前記被控訴人の職員の事務処理をもつてこの種業務上必要とされる注意を怠つたものとすることはできない。

(四)、以上の次第で本件預託金返還請求権は、前記のとおり前出訴外会社代表者大出が被控訴人に代理して東京手形交換所から異議申立提供金の返還を受けたことによつてこれまた前記の便法により、債権の準占有者に対する弁済としてすでに消滅したと解すべきであるから前記大出に被控訴人主張のとおりの預託金返還請求および受領の代理権限があつたか否か、前出和解書における和解の趣旨が控訴人主張の内容に止まるのか否かをさらに問うまでもなく、控訴人の本件請求は失当とするほかはない。

三、そうすると、控訴人の本件請求は失当であるから棄却すべく、これを棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 唐松寛 兼子徹夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例